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シン・ゴジラと娯楽性【ネタバレ注意】

『シン・ゴジラ』を観て笑える神経が理解できない

まさしく、「現実 対 虚構」というキャッチコピー通りの議論になってますなー。
この記事が的はずれと言いたいわけではありません。見ている部分が違うのでしょう。
なので、違う視点から少し反対の意見を。

「シン・ゴジラ」は明確に東日本大震災が意識されてると思います。
それだけでなく、2016年の日本が「危機」に陥った場合のリアルに満ちている。
私なんてもう、最初のトンネル事故のシーンでガッツリやられちまいましたからね。

けど、「のっぴきならない状況」が描かれてるからって、眉間にシワ寄せてカチコチになって、
室井管理官みたいな顔つきでスクリーンを見つめてなきゃならんのでしょうか?
映画館から出てきた人、オール室井大行進で内容を咀嚼してなきゃならんのでしょうか?

違うと思うんだよね「シン・ゴジラ」に関しては。
この映画、状況は大変だけど、「娯楽」は常に先を走っている。
そうじゃなきゃ、「無人在来線爆弾」なんて面白要素を走らせないっしょ。

東京三区が壊滅した後に、現場の人がゴジラの顔を見て「歯並び悪いな~」と漏らす。
実はここにも、「リアルさ」の工夫が施されると思うんだよね。

人はシリアスでばっかりはいられません。
我々だって大震災の現場が悲壮ばかりでないことは目にしてきたじゃないですか。
「暗くならないでくれ」「自粛は必要ない」と被災地の人は言っていました。
子供たちは「津波ごっこ」で恐怖の記憶を克服していました。
メチャクチャになった建物から出てきた老人が「また復興しましょう」と笑顔で言いました。

笑えることは尊いのです。娯楽でいいんです。
娯楽だからこそ伝わることがあるんです。
娯楽だからこそあらためて語り合えるんです。

ゴジラが深刻さだけを運んでくる存在だったら、
60年も日本のヒーローを務めていないのではないでしょうか。










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