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『流動体について』について ~小沢健二は俺らの演歌~

小沢健二が19年ぶりに新曲を発表して、Mステにも出演して、ちょっとした話題になりました。私は基本的に音楽がよくわからないし、無くても平気な人間なのですが、小沢健二だけは昔からよく聴いてたんですね。90年代は音楽がコミュニケーションツールとして強力な力を持っていたので、「俺は何も聴かぬ」「通じぬ」というわけにはいかなかったのです。で、小沢健二。「君は何聴く?」と聞かれたら小沢健二。コムロやドリカムより小沢健二。ほうほうそれは君らしいね、なんていう90年代の日常がありました。

なので元々そう熱心なファンではありません。それなりに聴いてきた音楽がこれしか無いというだけで、『春にして君を想う』の後に出されたアルバムは購入しておりませんし、特に復活を待望してもいなかった。でもカーステでなんとなく曲をかけるときは『犬』や『LIFE』を引っ張り出すし、カラオケでは『今夜はブギー・バック』をとろとろと歌うし、ネットの動画で『ある光』のPVを観てたまに元気をもらったりしておりました。

なんとなく、俺が聴くのは、小沢健二。

そんな感じのだらけたファンなので、新曲と聞いてもあまりときめいたりはしませんでしたよ。まあ、Mステ出るならそれを観てみようか、良さそうなら買うかも知れまへんな…でも今さらCDもな…という平熱対応だったのです。

ところがところが。

久しぶりに歌番組で見るメガネにジーンズの48歳はとんでもない新曲をぶちかましてくれました。平熱男にいきなり襲ってきたインフルエンザみたいなもので、ガツンと熱発して繰り返し繰り返し録画を再生し、気付いたらアマゾンの注文ボタンをめり込む勢いで押しておりました。本当は“探しに夜遅く出かけたい”…そんな感情の高ぶりを覚えたんですね。

『流動体について』はすごい。

何がそんなにすごいのか、この半端なファンにもどうしてドストライクが入ったのか、それをちょっと書き記しておきたいと思います。個人の解釈ですので、熱心なファンの方も、どうかご勘弁を。そして、長いです。とても800字にまとまっておりません。

さてオザケンさんの歌詞には「神様」というフレーズが頻出します。ファーストアルバムの頃からずっとずっと神様神様言うてます。そして今回の『流動体について』も案の定出てきました。しかし「神様」ではなく「神」です。たぶん「神」という呼称は初めてに近いのではないでしょうか。そしてこの「神様」および「神」の認識が、敬称を取っ払ったことに象徴されているように、どうやらすっかり変わってしまっているように感じられました。

私はオザケンの歌詞に出てくる神様というのは、要するに「生きる意味」のことだと勝手に思っています。この世に生きる意味があるのか、人生をまっとうする価値ってあるのかとひたすらに考えた時に、「神様を意識する」のだろうと。だから、それは日常の様々なシーンの中に宿ったり、とびっきり素敵だと思える瞬間に見つけたりすることができる。それを歌にしてきた人だと思います。

でもやっぱりそれは、どんなにハッピーな歌詞であっても、「生きる意味」を求めてあがいていることには変わりがない。だから憂いを帯びるし、ナイーブだし、頭良さげだし、なんか細身でオシャレだし、彼は「渋谷系の王子様」と呼ばれる人気者になったわけです。私がコムロでもドリカムでもブルーハーツでもなく彼を「とりあえず聴く歌手」に選んだのも、そういう部分に勝手に共感したからでしょう。多分。


『大人になれば』の頃の話

HEYHEYで松ちゃんがオザケンのことを
“ナイーブ刑事”と名付けたのは秀逸でした



ところがオザケンに転機が来ます。97年に出した17枚目のシングル『ある光』は、それまでの彼の曲とまったく違う、何もかも力強く投げ出すような「決別の歌」だったと思います。この曲を最後に、小沢健二は王子様をやめたのだろうと、そう感じさせるような心を揺さぶる名曲でした。この後この人はどこへ行くんだろうとちょっと気になりましたが、もう一曲発表した後に、彼はどこかへ行ってしまいました。

時は流れに流れて19年。

その間に『ひふみよ』のツアーが突然あったり、そのチケットがダフ屋に買い占められて怒りのあまりPCのモニターを叩き割りたくなったりしたことはありましたが、基本的にオザケンは私の中でも過去の人になっておりました。特に復活を願ってもないということは、何かを期待してもいなかったということです。

さて以上のような経緯を踏まえてようやく『流動体について』なんですけどね。

神の手の中にあるのなら
その時々にできることは
宇宙の中で良いことを決意するくらい


こんなことを歌い上げたんですね今の小沢健二。これは「信じる」とか「そばにいると感じる」といった「神様」の概念と明確に違いますよね。乱暴に過ぎるけれどまとめると、『流動体について』は「運命は神によって規定されてるかもしれないけれども、決意によってこの世界を生きていこう」というような、どこまでも前向きな歌詞になっています。

なんちゅうことでしょう。

ソロデビューして24年、姿を消してから19年、とうとうオザケンは神を手のうちに入れたんです。「神の手の中にあるのなら」と歌いながら、神に頼ることなく現状の肯定を行うことができたのです。これを一大事と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか。

生きる意味とか人生の価値に七転八倒した挙句、辛くても苦しくても格好悪くても現状を受け入れて、その時々の決意によって生きていき、人生を全うする覚悟を固めた人をなんと呼ぶのでしょうか。

それはおっさんです。

ナイーブで傷つきやすい王子様は、おっさんになって、おっさんであることを肯定できる曲を、軽快なリズムと目まぐるしいイメージと大丈夫かと心配になるくらいの裏声を使い、精一杯頑張って歌い上げたのです。そして曲の最後のあたりにこういうフレーズが出てきます。

無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない


勝手な解釈ですが、私はこれに「死」のイメージを感じました。今までオザケンの歌詞の中に「生」を感じさせるイメージはそれこそギュウギュウに詰まるほど満ち溢れていましたが、「死」は珍しいと思います。なぜ曲の最後に「死」が出てくるんでしょうか。

我々にとって、いや我々の世代にとって、一番怖いのは「意味なく死を迎える」ことだったと思います。だからあがきまくって、のたうち回ってきたわけです(蛇足ですが、我々より下の世代はもっとクールです)。だけど意味のない人生を決意によって乗り越えること、それも大きく悲壮なものでなく「良いこと」という素朴な感情を積み重ねながら生き抜くことを見つけた時、初めて「死」と相対することができたのではないでしょうか。

気づけば俺らもおっさん、おばさんです。

オザケンがこういう歌詞を書くようになったのには、家庭を持ち子供を授かったことが大きいのかもしれませんし、それはそのまま我々の姿と重ねることができます。年を取った。もう若くない。けれども、だからこそ見えてくる世界もある。変わってしまった自分が愛せる世界もまたここにある。その言葉たちが、心にガツンガツン染みる。


あれ…こういうのって、演歌じゃねえの?

羽田沖 街の灯がゆれる 東京に着くことが告げられると
甘美な曲が流れ 僕たちはしばし窓の外を見る


『流動体について』の冒頭ですが、考えてみればこれ、『津軽海峡・冬景色』にそっくりではないですか。語弊を覚悟で言っちゃいますが、48歳の小沢健二は、問答無用で我々世代の情感に訴えかけることのできる「アラフォーにとっての演歌」を直球で歌えるようになって帰ってきました。すごいじゃないか。これをやれるってすごいよ。待ってなかったように思えたけれども、でも待っていたんだよこういうのを。


なんとなく、俺が聴くのは、小沢健二。

から、

ずっとずっと、俺が聴くのは、小沢健二。


に変わった曲。それが『流動体について』でした。『戦場のボーイズライフ』を卒業して『戦場のおっさんライフ』を歌うようになった彼を、俺はずっと、おそらく死ぬまで聴き続けると思います。この先、仮にオザケンが理解のできないどうしょうもない所へ行ってしまったとしても、曲だけは単独の価値と意味を持ってしっかり残りますし、これからも傍らの音楽であり続けるでしょう。

この世には生きる意味がある。
オザケンおかえりなさい。





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